今日のは長文やから覚悟して読みや。

2019年1月28日 17時57分05秒 (Mon)

img_20190128-114013.jpg
夕方、教育委員会主催の勉強会。
薬剤師のタカタニさんによるお薬のお話。
めっちゃ良かった。
かしこい人の話は聴いててホントに楽しいね。
内容自体も勉強になったし、タカタニさんがどういう考えで今のタカタニさんになったか、ということも学べて、とっても良かった。
あとミヤモト・アジカワコンビの後ろ姿もなかなかシュールで良かった。

img_20190128-085718.jpg
こんな本買ったん。
ジョシュア・ハルバースタム 『仕事と幸福そして人生について』。
これ、めっちゃええ本やで。
興味あるヒトには貸してあげるからまた声かけて。
なんでこんな本を買ったかというと、来週、2月9日に神戸大学で第1回日本理学療法哲学・倫理学研究会フォーラムがあるねん。奈良先生、半田会長、内山副会長が登壇するというカオスなイベントなんだけど。
そろそろやなぁ…と研究会のホームページを見てて、突然、ここで今自分が悩んでるテーマについて発表してみようと思い立って、無理矢理発表者としてねじ込んでもらったん。
当然だが、まだ全く準備ができていない。
てか何を発表するかも決めてないが、どんな発言したいか…ぼんやりとした輪郭みたいなものはあるねん。
それは…一人で仕事ができるようになった理学療法士は、その先、何を目標にして自己研鑽を続ければよいのか、ということ。
つまり
キャリアラダーのその先に何があるのか?


そんなもん、答えなんて無いことはわかってるんやけどな。
でも自分の中で確固たる軸みたいなもんが欲しいねん(せやないともうこんなストレスフルな仕事やっとれんw
それでいろいろ調べてたんやけど。
とりあえず今日気づいたことは、上で紹介したジョシュア・ハルバースタムっておっちゃんが言ってることと、ミケランジェロと、宮崎駿と、村上春樹と、久石譲と、谷川俊太郎が言ってることは全部同じ、ということ。

石をじっと観ていると、石が、「このように自分を彫ってくれ」と語っているような気がしてくる。
(ミケランジェロ・ブオナローティ)

映画を作るって言うと、なんかクリエイティブとか創造、そういう恰好いい言葉並べますけど、実は、こういう映画を作るっていう素材を選ぶまでは、自分が決める。…それは決められますが、一旦決めて映画を作りだすと、映画作ってるんじゃないですね。映画に作らされるようになるんです。
映画を作っているつもりが、映画の奴隷、下僕になってしまうんです。映画というのは映画になろうとしますから、その道筋をこちらが間違いないように見定めて、映画が映画になろうとするのを、ちゃんとやらなきゃいけないんですよ。自分がこれで何かを訴えたいというよりも、映画がこれを言いたがっているんだから、それを言わなきゃ仕様がないですよね
(宮崎駿, 『出発点 1979∼1996』, 徳間書店, 1996)

 
どんな長い小説でも、最初はいくつかのプロットと、登場人物程度しかありません。いかなる設定も持たずに書き始め、ただただ日々書くことによってストーリーを発展させていく。まわりにあるすべての要素を日々吸い込み、それを自分の中で消化することによってエネルギーを得て、物語を自発的に前に進めていくのです。
主人公が体験する冒険は、同時に、作家としての僕自身が体験する冒険でもあります。書いているときには、主要な人物が感じていることを僕自身も感じますし、同じ試練をくぐりぬけるんです。言い換えるなら、本を書き終えたあとの僕は、本を書きはじめたときの僕とは、別人になっている、ということです。
もし物語の結末がわかっているなら、わざわざ書くには及びません。僕が知りたいのはまさに、あとにつづくことであり、これから起こる出来事なんですから。
書くことによって、多数の地層からなる地面を掘り下げているんです。僕はいつでも、もっと深くまで行きたい。ある人たちは、それはあまりにも個人的な試みだと言います。僕はそうは思いません。この深みに達することができれば、みんなと共通の基層に触れ、読者と交流することができるんですから。つながりが生まれるんです。もし十分遠くまで行かないとしたら、何も起こらないでしょうね。
(村上春樹, 『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』, 文藝春秋, 2010 )

頭の中でこんな曲にしようと考えている段階は、あくまで入り口でしかない。作曲の本質は、もっと無意識の世界に入り込んで、カオスの中で自分でも想像していなかった自分に出会うところにある。つくろう、つくろうという意識が強いときは、まだ頭で考えようとしているのだと思う。
秩序立てて考えられないところで苦しんで、もがいて、必死の思いで何かを生み出そうとする。その先の、自分でつくってやろう、こうしてやろうといった作為のようなものが意識から削ぎ落とされたところに到達すると、人を感動させるような力を持った音楽が生まれてくるのだと思う。
そうすると、それは自分で勝手に音をいじっていいかどうかという問題になるわけです。選んでいるのは俺だと思うのか、という。その本当のものは何かを追い求める道をある程度進んでいくと、自分がつくっているわけではない、自分が音を選んでいるわけではない、と思えてくるんです。選んでいるのが自分なのではなくて、どこかにベストの答え、必然的な、すべてのピースがきちんとあるべきところにはまったようなそんな答えが、どこかに必ずある、それを探さなきゃいけないんだと。
(養老孟司, 久石譲, 『耳で考える:脳は名曲を欲する』, 角川書店, 2009)

 一つの詩は、作者の意識的であるなしにかかわらず、つくりたい、に出発して、つくらねばならぬ、を通って完成へと導かれるものだと僕は考える。
(谷川俊太郎, 『詩を書く:なぜ私は詩をつくるか』, 思潮社, 2006) 


…みんな同じこと言ってるやろ?
で、冒頭で紹介した本にはこう書いてある。


「私たちは仕事によって、望むものを手に入れるのではなく、仕事をしていくなかで、何を望むべきかを学んでいく」。

まとまってないけど、2月9日にこういう話をしようと思うねん。

この記事にコメントする



メールアドレスは公開されません。サイト運営者からの連絡に使用されることがあります。

入力すると投稿者名がリンクとして公開されます。


表示されているひらがなを入力してください
認証コード

プロフィール

プロフィール画像
ニックネーム
中谷知生

Tomoki Nakatani
所在地
兵庫県宝塚市にある、宝塚リハビリテーション病院に勤めています。
職業
理学療法士です。

Certificated physical therapist in Neurology

自己紹介
I am interested in physiotherapy for improvement of gait ability of a patient with stroke hemiplegia.
And I'm a member of Japan Physical Therapy Association stroke guideline crew.

ブログ

12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930

blog

8月 2026年9月 10月
12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930

ライフログ

12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数