エディターシップとカクテル

2018年10月26日 16時46分20秒 (Fri)

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今、ウチの病院、増築してるねん。
この手前の建物が新しく建ててる管理棟。
ここに新しく、従来の地域コミュニティ室よりも一回りでかい研修室が出来るらしいわ。
昨年度、今年度と理学療法士講習会を当院で開催してきて、その狭さにいろいろ苦労してきたんやけど、これで心置きなく講習会できそうやわ。
楽しみやね。

ちなみに今年度、当院では3本の理学療法士講習会を開催したんや。
来年度はさらに増やすべく、6本の企画書を書いてます。
何本採択されるか分からんけどな。



そういえば今日、ちうにちが指名権を獲得したネオくんの記事を読んでたら、愛読書の一つとして外山滋比古氏の「思考の整理学」って本が紹介されてたん。
これ、ボキも好きな本やねん。
ええ言葉だらけで、どこを紹介するか迷うけど…「なぜ宝塚リハはこんなにたくさん講習会を開催しようとするのか」に通じる文章を紹介しよか。
以下一部抜粋。

全体は部分の総和にあらず。
上手に編集すれば、部分の総和よりはるかにおもしろい全体の効果がでる。
原稿を書くのが第一次的創造なら、編集することを第二次的創造と呼ぶことができる。
二次的創造が一次的創造に比べて劣らないのは、ファッションコーディネーター、映画監督の役割を見てもはっきりしている。

”知のエディターシップ”、言いかえると、頭の中のカクテルを作るには、自分自身がどれくらい独創的であるかはさして問題ではない。
もっている知識をいかなる組み合わせで、どういう順序に並べるかが緊要事となる。
(中略)
アメリカの女流作家ウィラ・キャザーが「ひとりでは多すぎる。ひとりでは、すべてを奪ってしまう」と書いている。
ここのひとりとは恋人のこと。
相手がひとりしかいないと、ほかが見えなくなって、すべての秩序を崩してしまう、というのである。
着想、思考についても、同じことが言える。
「ひとつでは多すぎる。ひとつでは、すべてを奪ってしまう」。

同じ問題について、AからDまでの説があるとする。
自分が新しくX説を得たとして、これだけを尊しとして、他をすべてなで切りにしてしまっては、蛮勇に墜しやすい。
Xに最も近いBだけを肯定するのも、なお我田引水のうらみなしとしない。
AからDまでとXすべて認めて、これを調和折衷させる。
こうしてできるのがカクテルもどきではない、本当のカクテル論文である。
すぐれた学術論文の多くは、これである。
人を酔わせながら、独断におちいらない手堅さをもっている。


…あ、facebook の方にも、外山氏がらみの文章を書いてます。
読みたい人はそっちもどうぞ。

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プロフィール

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ニックネーム
中谷知生

Tomoki Nakatani
所在地
兵庫県宝塚市にある、宝塚リハビリテーション病院に勤めています。
職業
理学療法士です。

Certificated physical therapist in Neurology

自己紹介
I am interested in physiotherapy for improvement of gait ability of a patient with stroke hemiplegia.
And I'm a member of Japan Physical Therapy Association stroke guideline crew.

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