ごぼう祭り。

2017年12月10日 17時48分18秒 (Sun)

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朝から明日香さんのやきうの応援。
もうすぐ上級生チームに移るので、背番号1ともおさらばやわ。

試合会場が能勢口の近くの小学校だったので、そのまま川西の図書館へ。

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やっぱり日曜の図書館は混んでるわ。
ボキの好きな哲学者、鷲田先生の本を2冊。
阪大でアンドロイドの研究してる石黒氏との対談本「生きるってなんやろか?」が面白い。
面白いことばっかり書いてあって、とても一部抜粋できる感じじゃないのだけれど、一部抜粋。

石黒:この前僕の本の書評で、ある脳科学者が「科学や技術というのは、これまで人がやってこなかった未知の領域に踏み込んでいくことだから、言い換えれば世間がタブー視してきた部分をずっと攻め続けること」といったようなことを書いてくれました。
 僕はそれを読んで、大学の研究者としての科学者や技術者の役割は、自身の攻め続ける姿勢をまわりに見せて周囲の人間を刺激していくことだと感じたんです。
 もちろん特許を取るのも大事なんだけれど、もっと大事なのは研究に打ち込む姿勢や生き方みたいなものを見せることで、僕にも「人とは何か」とか「生き方とは何か」というのを語る役目があると、最近強く意識するようになってきたんです。
 僕がやっているアンドロイドの研究は哲学の実証実験というか、超実践哲学みたいなもので、日々の研究が人間の理解につながっていく。だから「人間とは何か」を強く意識する姿勢は大事だと思ってます。
(中略)
鷲田:それは「"違和”の感覚を大事にしなあかんのと違いますか?」ってことに似ている。学問でもいろんな理論に触れて「ちょっと、違うんちゃう?」という感覚。「こんなんで説明したことになってないんちゃう?」という感覚は、僕は学者だけじゃなしにアーティストとか、何か表現しようとする人がみんな持っている感覚だと思う。
 この時代にアーティストのことを語るとき、美的なセンスや音楽のセンスがあるとか、絶対音感を持ってるとかそんなことよりももっと大事なことがあると思うの。自分が置かれているこの場所、あるいはこの世界に対して、「いまいち釈然とせん」とか、「何か感覚が俺とあわんな」とか、「ちょっと違う」という感覚を持ってる人が、この世界を表現し直そうという欲求を持つんと違うかな。


…この世界を表現し直す、って素敵な言葉やな。
風呂上がりにやきうのベルトを頭に巻きつけてるムスッコにはまだ理解でできなかろう。
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午後は久しぶりにお料理。
例のごぼうを使って、炊き込みご飯と豚汁と…

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ごぼうコロッケ!

見た目はイマイチだが、さくさくふわふわでめちゃ美味かった!
さぁ陸王。
修造はええやつなんかなぁ。。。
 

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プロフィール

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ニックネーム
中谷知生

Tomoki Nakatani
所在地
兵庫県宝塚市にある、宝塚リハビリテーション病院に勤めています。
職業
理学療法士です。

Certificated physical therapist in Neurology

自己紹介
I am interested in physiotherapy for improvement of gait ability of a patient with stroke hemiplegia.
And I'm a member of Japan Physical Therapy Association stroke guideline crew.

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