好きな人は好きな人と繋がってるな。。。

2017年5月29日 20時44分10秒 (Mon)

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昨日、亮介氏の応援に、東久代の運動公園に行ったんやけどね。
東久代の運動公園って、我が家からだと、能勢口で乗り換えて、JR北伊丹が最寄り駅なん。
いつも応援したあと、能勢口で図書館によるのね。
昨日もちょこっとだけ図書館に行って、こんな本借りた。
『キャリアに揺れる迷えるあなたに贈るブックガイド30』

そういえばこないだ、アライ先生と飲んでて、「大学院に行ってみるつもりはないか」、って話になったんやけどね。
ボキ、唯一行ってみたい大学院がある。
法政大学に、キャリアデザイン学専攻の修士課程があるん。
ボキ、関東に住んでたら、ここは間違いなく入学してるかな
キャリアに関しては、誰かに体系的に教えてもらわんと…って思うねん。
まぁ現実的には無理なんだけど。

で、図書館で面白そうな本を手にとったら、どこかで見覚えのある名前。
おお、この著者は法政大学のキャリアデザイン学の先生やん!
じゃぁ借りてみるか、ということで、借りた。
これがなかなか面白い本で。
キャリアに迷うヒトにおすすめする本を30冊紹介してくれているのだが。
ここにボキの好きな作家がいっぱい紹介されてるん。
橋本治、鷲田清一…そしてタッツーの本が2冊も紹介されてる!
以下はこの本に紹介されてる文章の一部。
全部キレキレやわ。


「自分はどうわからないのか?」-これを自分の頭に問うことだけが、さまざまの「わからない」でできあがっている迷路を歩くための羅針盤である。
「自分はどうわからないのか?」-それこそが、「わかる」に至るための方向である。
その方向に進むことだけが、「わからない」の迷路を切り抜ける「方法」である。
(中略)
「わからない」をスタート地点とすれば、「わかった」はゴールである。
スタート地点とゴール地点を結ぶと、「道筋」が見える。
「わかる」とは、実のところ、「わからない」と「わかった」の間を結ぶ道筋を、地図に書くことなのである。
(橋本治「わからない」という方法)

「じぶんらしさ」などというものを求めてみんなはじぶんのなかを探しまくるのだが、実際わたしたちの内部にそんなものがあるはずがない。
もしそのようなものが潜んでいるなら、そもそもそういう問いに囚われることもないはずだ。
それより、じぶんがここにいるという感覚のなかに身を置くためには、眼をむしろ外へ向けて、じぶんはだれにとってかけがえのないひとでありうるかを考えてみたほうがいい。
(鷲田清一「じぶん・この不思議な存在」)

人間の中心に『人間そのもの』『普遍的人間性』というものが宿っているとすれば、それはその人がどんな身分に生まれようと、どんな社会的立場にいようと、男であれ女であれ、大人であろうと子供であろうと、変わることはないはずである。
マルクスはそのような伝統的な人間観を退けた。
人間の個別性をかたちづくるのは、その人が『何者であるか』ではなく、『何ごとをなすか』によって決定される、マルクスはそう考えた。
普遍的人間性というようなものはない。人間は行動を通じて何かを作り出し、その創作物が、その作り手自身が何者であるかを規定し返す。
生産関係の中で『作り出したもの』を媒介にして、人間は己の本質を見て取る、というのがマルクスの人間観の基本である。
人間は食べたり飲んだり眠ったりという直接的な生理的欲求を超えて、狩猟し、採取し、栽培し、交易し、産業を興し、階級を生み出し、国家を創建する。
それは人間が動物的な意味で生きてゆくためにはもとより不要のものである。
人間がそのような『もの』を作り出すのは、『創られたもの』が人間に向かって、『自分が何者であるか』を教えてくれるからである。
人間は生産=労働を通じて、何かを作り出す。
そうして制作されたものを媒介にして、いわば事後的に、人間は自分が何者であるかを知ることになる。ちょうど透明人間の輪郭は彼が通過して割れたガラス窓の割れ具合からしか知られないように。
生産=労働による社会関係に踏み込むに先んじて、あらかじめ本質や特性を決定づけられた『私』は存在しない。
存在するのかもしれないが、そのような『私』は決して私自身によって直観されることはない。
というのは、『私を直観する』ことは、他人たちの中に投げ入れられた『私』を風景として眺めることによってしか成就しないからである。
私たちは自分が『ほんとうのところ、何者であるか』を、自分が作り出したものを見て、事後的に教えられる。
私が『何者であるか』は、生産=労働のネットワークのどの地点にいて、何を作り出し、どのような能力を発揮しており、どのような資源を活用しているのかによって決定される。
自己同一性を確定した主体がまずあって、それが次々とほかの人々と関係しつつ『自己実現する』のではない。
ネットワークの中に投げ込まれたものが、そこで『作り出した』意味や価値によって、己が誰であるかを回顧的に知る。
主体性の起源は、主体の『存在』にではなく、主体の『行動』のうちにある。
これが構造主義のいちばん根本にあり、すべての構造主義者に共有されている考え方である。
(内田樹「寝ながら学べる構造主義」)



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こないだのトライやるの中学生の感想文。
『ひつじの鳴き声とやぎの鳴き声が面白かった』
 

…これの2分50秒前後からや。
やっぱすごいな。
いとこい師匠の漫才って。
ハスイくん、次はカマキリのものまねやな。



今日はね、ガイドライン作成委員がらみのグチとか、あるいは阪神ファンの患者さんが作った黄色と黒の装具とか…いろいろ書いておきたいことがあったけど。
また明日書くわ。

じゃあの。

コメント

ハスイ登録ユーザー

無題
次は地味な2人とは言われないようにします!笑
投稿日:2017年5月29日 21:46

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ニックネーム
中谷知生

Tomoki Nakatani
所在地
兵庫県宝塚市にある、宝塚リハビリテーション病院に勤めています。
職業
理学療法士です。

Certificated physical therapist in Neurology

自己紹介
I am interested in physiotherapy for improvement of gait ability of a patient with stroke hemiplegia.
And I'm a member of Japan Physical Therapy Association stroke guideline crew.

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