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2017年4月27日 20時10分11秒 (Thu)

おおまたであるけるってことはすてきなことやな。

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訪問のサカモトくんの利用者さんのご自宅でジャッジ。
試作品の在宅用T-Supportを使っていただいている方なのです。
ご自宅での歩行練習時にT-Supportを使って数か月。
ついに頑固な揃え型歩行が、前型歩行になりました。
サカモトくん、素敵な評価の機会に立ち会わせてくれてありがとう。
ガストロの筋肉痛って、素晴らしいことやな。


今T-Supportが立脚後期の足関節の動きを変える道具だ、って論文を書いてるんです。
ようやく考察まで…とりあえず書き上げた、という状況です。
まだまだ手を入れるべき部分が山盛りです。
先日購入した『できる研究者の論文生産術』『できる研究者の論文作成メソッド』を参考にしているんだけど、これがええこと書いてあるん。
論文作成のマニュアルというよりも、1冊の読み物として非常に面白いのだ。

今日ボキが読んでて、ええこと書いてるな、と思った部分を少し引用しようか。



『科学は、常識と無知によって定義されるゼロ地点を越えさせてくれるもののはずだ』

『科学は、闇の世界を照らすろうそくの光であり、そうろくには、明るいろうそくも、さほど明るくないろうそくもあるかもしれないが、自分の前何メートルしか見えないことを恥じるいわれはない。』

『いざ書かん、前を向いて。かつてサローヤンは、こう書いた。「まだ書かれていない素敵なことがらに思いをめぐらせるのは本当に楽しい。この楽しみには終わりというものがないから」。そしてこう続けた。「そうやって考えたことのいくつかを僕は必ず書くんだ」』

2017年4月26日 22時15分32秒 (Wed)

修行、修行。。。

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午前、3階あさいくんの患者さんのジャッジ。
これは10日ほど前。
膝のロックを解除すると、ターミナルスタンスで膝が屈曲して股関節が伸展しない。

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T-Support併用したらええ感じ、というところまでは以前ブログに載せたハズ。

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今日。
早くもカットダウンして、後方介助でええ感じ。

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側方介助ならもっとええ感じ。
どの辺がええ感じか、もうここの読者ならわかるでしょ?




今日はリハビリテーション研究会の理事会が夕方にあったのだ。
これがあんた、毎回もめるんだ。
ボキ、一応会長やからね。
理事会が紛糾すると、激しくへこむ(意外と繊細なのです)。
今度こそ、今度こそ、っていろいろ資料を準備して、根回しして臨むんだけど、今日も揉めた。
午後の業務中に、とある理事と今年度の会の運営のことでいろいろ話をして、そこで結構動揺して(いや動揺したというより、へこんだ…)、もう午後3時以降はココロココニアラズですよ。
ずっと心拍数が高い状態やった。
MAJIDE。

で、業務終了後の理事会はやっぱり…まぁ、あれやったわ。

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唯一の救いは、理事会で久しぶりにシズーカの元気な顔を見れたことかな。
ヒロミさん、シズーカは元気なようです。
でも…見て、ボキの目の下のクマ。
人間短時間でも激しいストレスに襲われるとこうなるのだ。
毎月理事会ではこれくらい追い込まれますの。



…さて、今日の日記はここまで。
ここから先はタッツー好きだけでどぞ。

今日の理事会でいろいろ感じたことがあるのだけれども、その一つが、セラピストが何のために勉強するのか、ってことだった。
こないだコメント欄で篠氏も言っておられたけど、タッツーのブログで『福翁の「はげしい」勉強法』って記事があるん。
いつか引用しようと思ってたけど、今日のごたごたを通して、この文章が身に沁みる。
以下一部抜粋。
長いで。



繰り返し言うが、外国語を学ぶのは、それが「外部へと繋がる回路」だからである。
今年の2月に「小学生から英語を教える」という学習指導要領改訂について書いたので、それをもう一度一部採録する。

外国語は「私がそのような考え方や感じ方があることを想像だにできなかった人」に出会うための特権的な回路である。
それは「私が今住んでいるこの社会の価値観や美意識やイデオロギーや信教」から逃れ出る数少ない道筋の一つである。
その意味で外国語をひとつ知っているということは「タイムマシン」や「宇宙船」を所有するのに匹敵する豊かさを意味する。
けれども、それはあくまで「外部」とつながるための回路であって、「内部」における威信や年収や情報や文化資本にカウントされるために学習するものではない。

(中略)
「努力と報酬が相関すれば人間は勉強するようになる」というのは合理的なように見えるが、人間観察に欠けた判断と言わなければならない。
私たちをはげしい勉強におしやる動機はたいていもっと「不合理」で、もっと妄想的なものだからである。
そして、ひとは「はげしく勉強する」ことなしに、「檻」を破ることができない。
水村さんも引用している『福翁自伝』の福沢諭吉は日本最初の英語学習者の一人である。
福沢ははじめ緒方洪庵の適塾で蘭語を学んだ(英語にシフトするのは、そのあとのこと)。
その勉強は文字通り「昼夜の区別なし」の「はげしい」ものであった。
福沢は一度熱病を患って床に就いたことがあり、そのときはじめて過去一年間、「夜具を掛けて枕をして寝るなどとうことは、ただの一度もしたことがない」ことに気づいたほどである。
なぜ、それほどはげしく勉強したのか。
キャリアのためではない。
江戸では蘭語ができると幕府や諸藩のお抱えになるという「キャリアパス」が用意されていたが、大阪はそうではない。
どれほど蘭語ができても、それで採用してやろうという奇特なものがいないのである。
では、なぜ書生たちは勉強したのか。
福沢はこう書いている。
「それゆえ緒方の書生が幾年勉強して何ほどエライ学者になっても、頓と実際の仕事に縁がない。すなわち衣食に縁がない。縁がないから縁を求めるということに思いも寄らぬので、しからば何のために苦学するかといえば、一寸と説明はない。前途自分の身体は如何なるであろうかと考えたこともなければ、名を求める気もない。名を求めるどころか、蘭学書生といえば世間に悪く言われるばかりで、既に已に焼けに成っている。ただ昼夜苦しんで六かしい原書を読んで面白がっているようなもので、実に訳のわからぬ身の有様とは申しながら、一方を進めて当時の書生の心の底を叩いてみれば、おのずから楽しみがある。これを一言すれば−西洋日進の書を望むことは日本国中の人に出来ないことだ、自分たちの仲間に限って斯様なことが出来る。貧乏をしていても、粗衣粗食、一見看る影もない貧書生でありながら、智力思想の活発高尚なることは王侯貴人も眼下に見下すという気位で、ただ六かしければ面白い、苦中有楽、苦即楽という境遇であったと思われる。たとえば、この薬は何に利くか知らぬけれども、自分たちより外にこんな苦い薬を能く呑む者はなかろうという見識で、病の在るところも問わずに、ただ苦ければもっと呑んでやるというくらいの血気であったに違いはない。」(『福翁自伝』、岩波文庫、1978年、92−93頁)
なんとも勢いのよい話である。
そして、この書生の狂気じみた勉強のありさまを叙した文章を福沢諭吉はこう結んでいる。
「兎に角当時緒方の書生は、十中の七、八、目的なしに苦学した者であるが、その目的のなかったのが却って仕合で、江戸の書生よりも能く勉強が出来たのであろう。ソレカラ考えてみると、今日の書生にしても余り学問を勉強すると同時に始終我身の行く末ばかり考えているようでは、修行は出来なかろうと思う。さればといって、ただ迂闊に本ばかり見ているのは最も宜しくない。宜しくないとはいいながら、また始終今もいう通り自分の身の行く末のみ考えて、如何したらば立身が出来るだろうか、如何したら金が手に這入るだろうか、立派な家に住むことが出来るだろうか、如何すれば旨い物を食い好い着物を着られるだろうか、というようなことにばかり心引かれて、齷齪勉強するということでは、決して真の勉強は出来ないだろうと思う。」(94頁)
私はこれまで勉強について書かれた文章の中でも『福翁自伝』のこの箇所は白眉であると思う。



ボキがリハビリテーション研究会でやりたいことは、ただただこういうことやねん。
いくら勉強しても、セラピストは経済的に恵まれないし、この先も多分この状況は変わりそうにないやん?
でもなんで勉強するのかというと、ただ勉強するのが楽しいから。
学術は「外部へと繋がる回路」だから。
学術を出世とか、自分の承認欲求を満たすための道具にしたくないのだ。

でもみんなに納得してもらうって、難しいね。
今日はもやもやしてるから、日記ももやっと終わるわ。
じゃあの。

2017年4月25日 21時01分50秒 (Tue)

全部大事だから、全部やるけど。

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理学療法診療ガイドライン作成委員の脳卒中班の班員になったやん?
いよいよガイドライン作成に向けていろいろ始まってるん。
まだ今のところ、ボキには何のお仕事も回ってきてないけどね。
メーリングリストで、現在の進捗状況が逐一お知らせされるん。
さすがにその内容はここには書けないけど、宝塚リハのスタッフで興味あるヒトは声かけて。
どんなメールが来て、これからどんなスケジュールで進めるか、見せてあげる。

とりあえずこのMindsのガイドライン作成の手引きと、コクランレビューの使い方と、PubMedの使い方はお勉強しないと。
自虐風自慢とかじゃなくって、ホントにボキ、ついていけるのか本気で心配になってきた。
だって構成メンバーでボキだけが、本当に本当のただの臨床家なんだもん。
でも頑張る。


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同時進行でいろんなお仕事を処理してるんだけど、これもその一つ。
ベネッセと宝塚リハのコラボで、健康フェア。

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STのツツミウチくんと一緒に、肺炎予防のセミナーをするん。
ボキは落語します。
「カレー会議」って、たぶん病棟では1回もしたことない噺。
あ、ツツミウチくん、講演テーマはやっぱり『加齢による』にしようか。

ちなみにこの写真は去年のTS祭りで山本澄子の前で落語してる時の写真。
我ながらあざとい角度の良い写真。


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第2回宝塚リハビリテーション研究会学術集会の準備もぼちぼち始まっている。
三笑堂さんって、京都の医療機器商社さんから、ぜひ学術集会を手伝わせてくれ、ってご依頼がありましてね。
というのも、三笑堂さんの営業さんを、第1回の学術集会にお招きしてたのだ。
で、その内容を非常に非常に高く評価していただいて、次は宝塚近辺ででっかい会場を2日ほど貸切って、もっと大規模な学術イベント&機器展示イベントにしませんか、というお話。
このブログでも記事にしたから覚えてるヒトもいると思うけど、三笑堂さん、先月、京都でロボット展示会を開催されたのだ。
2日間で延べ1000人くらい参加の大盛況だったそうで。
そのイベントとウチの学術集会がコラボ。
これはすごいことになりそう。
ワクテカやろ?
頑張ろう。

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あ、そうそう、ここで宣伝しようと前から思ってたんだけど、7月30日に大阪でセミナーします。
//www.therapist-for-life.com/pm/outline/display/n/p99
新大阪の東洋医療専門学校ってとこでやります。
とりあえず今年度、民間のセミナー会社さんで開催する唯一の機会です。
TSTraining理論に興味のある方はぜひ。
5時間たっぷりお話しします。


さらに夕方、川村義肢からふじもっさんと愉快な仲間たちがやってきて、川村義肢主催でセミナーをしませんか、というお話。
増田知子×中谷知生でまるごと1日。
こっちの詳細はいずれまた告知します。
いやしかし、ついに来たな。
知子と知生のマリアージュ。

知子、がんばろうな。

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山盛りのお仕事を抱えつつ、現実逃避でガキどもとバッセン。
明日香さん、ついに念願の初ホームラン!
3回券ゲットしてニッコリ。



明日も頑張るわ。
じゃあの。

2017年4月24日 22時45分10秒 (Mon)

見える化、ってやっぱ大事やな。

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出勤したら、こないだのだだすべりの『寝床』を聴いていただいた患者さんからのメッセージ。
あんな粗末な芸でも楽しんでいただけるんだから、愚痴ばっかり言ってないでちゃんと稽古しようかな。
でも滑るのんイヤやねん。
ボキ、ええかっこしぃやから。
いや、違うな。
ちゃんとお稽古して滑ったんやったら納得できるん。
その準備をせずに滑った自分がイヤやったん。
…やっぱりええかっこしぃなんやな。

何とか時間つくって、自宅で稽古する時間をつくろうかな。



さて、また一週間が始まった。
気持ちを切り替えてお仕事しましょう。
やっぱり自宅でお仕事するのって、精神衛生上よくないね。
後輩の顔を見たら、うつうつした気分も幾分リフレッシュできます。

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こないだちらっと日記にも書いたけど、ボキがこれからセラピストのコンピテンシーについていろいろ教えていただこうと思ってるのは国際医療福祉大学の堀本先生という方なのだ。
今日もメールでちょっとやりとりさせていただいた。
きっとこれからの尚和会にとって大事な知識をたくさん持っておられるはずだ。

堀本先生から推薦図書を2冊教えていただきました。
1冊は、『医学教育を学び始める人のために』。

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もう1冊が、『変貌する日本の医学教育』。
こっちの本が…Amazonで探してみると。

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1円?



堀本先生からいただいたメールで、一番ええ言葉やなぁと思った部分。
『理学療法士に必要な臨床能力を見える化したいというのが、私の研究テーマです』
ええなぁ。
自分のすべき仕事をこれだけ端的に表現できたら、ええ仕事できるやろうなぁ。
ボキ、見える化、ってすっごい大事やと思うねん。

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こないだの新人さん交えてやったグループワーク、あのクドバス法の参考書籍のタイトルも、ずばり
『人材育成の「見える化」』なんだ。
この本の冒頭部に、めちゃめちゃええことが書いてある。

『重要性、必要性にもかかわらず、人材育成をきちっと回している企業は少ないのである。私はそれには理由があると考えている。1つは「何とかなる」からである。本当は何とかなっていないのだが…。
一般に教育は何となくやって何となく終わる。それが許されている傾向が見受けられる。(中略)
つまり、人材育成の「見える化」が求められているといえよう。(森和夫)』


これ、セラピストのお仕事そのまんまそうやん?
考えさせられるわ。
 

2017年4月23日 21時41分24秒 (Sun)

今日の日記は小田和正の『woh woh』を聴きながら、どぞ。

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我が家のガキどもは2人とも少年やきうしてるん。
今日亮介氏は上級生チームの公式戦で、念願の四番キャッチャーだったそうな。
勝って県大会的なんに出場が決まったそうです。
ボキは明日香さんの下級生チームの練習試合の応援。三番ピッチャーで二本のヒットを打つ大活躍。
練習後、新チームの背番号が渡されて、念願の背番号1を手に入れたのでした。

ガキどものやきうを見てると、いろいろ勉強になるわ。




今日は理学療法には触れずに終わろうかと思ったけと、寝しなに競馬の角居調教師の書いた記事を読んでて、介助歩行の参考になると思ったので引用しておく。
記事の内容は、騎手が変わるということがサラブレッドにとってどんな意味があるか、という内容。


 

馬は自分の走るリズムを持っている。ジョッキーにも騎乗リズムがあり、二つがうまく噛み合うといい。トップジョッキーが何度か乗れば馬のリズムに寄り添うことができます。馬も「分かってくれてるね」と安心します。

 ジョッキーにとっても、何をしたらスイッチが入り、何をしたら脚が鈍るのかが分かる。どれだけ足を使えるかをジョッキーは常に考えます。ゴール板までの走りがエネルギーにあふれている状態。才能ある3歳馬ならば、使える足がレースごとに伸びていく。どこで追い出せば勝てるのか、お手馬にすることでジョッキーの感触が冴えてくるのです。

 こういう馬の成長を、テン乗りでは実感できません。追い出しが短くなったり、伸びすぎて手前で垂れたりと、そういうことが起こりやすい。

 では乗り替わりのないほうが絶対にいいかというと、そうとも言えない。能力はあるはずだし、騎手の乗り方も悪くないのに結果が出ない馬の場合、ジョッキーが替わると、馬も変わることもある。

 特に外国人ジョッキーの手綱。彼らは馬にショックを与えてくれます。筋肉が硬くて動けなかった部分を、技術とパワーで巧みに動かし、走りを引き出してくれる。「この筋肉が動けば、この馬はもっと走る」という感触が分かるのでしょう。こういう場合の乗り替わりは、馬にとっての転機となります。






…サラブレッドの3歳って、脳卒中ならちょうど回復期かな。
早く歩行介助したくなってきたわ。


プロフィール画像
ニックネーム
中谷知生
所在地
兵庫県宝塚市にある、宝塚リハビリテーション病院に勤めています。
職業
理学療法士です。

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